lupe1_03.gifあの人は今。

モスモスを賑わせたあの人この人から戴いたメッセージです。日頃目につかない伝言板の過去ログに放置しておくのはもったいない、ということで引っ張り出してきました。余計なお世話なら叱ってね。



フリーペーパーあれこれ

さっそくおじゃましてみました。

「モスモス」には、初期はけっこう投稿してました(掲載は1回だけでしたけど)。掲載されなくても必ず缶バッジが送られてきて(途中から小さなものになってしまったけど)、太っ腹だなぁと思いました。最盛期には70万部も出てたんですよねぇ。

これともうひとつ好きだったのがパルコの「ゴメス」でした。ワンセットで好きだったという人も多いのではないかと思うのですが、どうでしょうか?
どちらも同じ時期になくなってしまい(「ゴメス」はウェブマガジンに変化したのだけど)、ものすごく悲しかったのをおぼえています。

ひとりごとみたいになりましたが、それでは、また。

postscripts:
「モスモス」の前身となった「The MOS」を持ってる方はどれくらいいるのでしょうか?(自分は第2号だけ持ってます…)
(早瀬かをるさん)



何度か出ました

モスモスの伝言ページがあるなんて嬉しいですね。私のお店のお客様は何故かしら常に入選してましたね。入選率は85%くらいですかね。当時はすごかった。最近の伝言ボードはあまり面白くないですが。そう言えば、私も何度か出さしていただきました。懐かしいですね。今もって「モスモス」の復活を本部にお願いしている一人でもあります。(一人かもしれない)これからは、もっともっとお客様との会話が大切になるでしょうに。
「復活モスモス」!
(あんぱんまんさん)



こんにちは

ヒマだったので「モスモス」で検索してみたらここに来ました
上記のPNでMVPなるものまで頂戴した事のある者です。
12号(だったかな)の1〜2頁に見開きでドーンと私の姿が
載りまして、1週間ほど人気者になったのを覚えとります。
(南無さん)



初めまして!

初めまして。
南無さん同様、かつて「モスモス」に投稿していた者です。
名前はいくつか使っていたのですが、前期は本名(イニシャルはT.Kです)で、後期は「言はで思ふぞ」「だからだめなんだ」で、都合15回ほど掲載され、大賞も2回もらいました。
MVPも、話はあったんだけど、仕事の関係もあってお断りしました。今思うとちょっと残念。でも、顔を明かさないままでおくのも一つのあり方だな、とも思ってます。
作風は、見ればすぐにわかるでしょう。純粋に「和風」であります。
「モスモス」は我が青春の1ページでありました。もう一人の自分を楽しめる場でした。無くなってしまったのは、ほんとにほんとに残念でした。今でも復刊を切に願ってます。
それと、「モスモス」の表紙を飾っていた大西重成氏の個人美術館(シゲチャンランド・北海道津別町)に、この夏行ってきて、楽しく、かつ充実したひとときを過ごしてきました。「モスモス」で見た作品が大量にあり、しかも大西氏と話もできて感激でした。
シゲチャンランドに関するHPは以下のアドレスです。ご覧下さい
http://www9.plala.or.jp/wl-garden/shigechanland/
(空色のカンガルーさん)

空色のカンガルーさんのサイト 桑の海 光る雲 


懐かしや

昔、モスモスに投稿し載ったことが2度ほどあります。「小作り雑誌」を「子作り」かと思ったという定番のボケでめでたく採用になりました。
モスモスをぜひとも復活させたいですね。いまでも絶対受けると思う。
(Black Coffeさん)
Black Coffeさんのサイトはこちら→http://www.geocities.jp/kyom_21/



どうもです。

後藤は相変わらず後藤です。近況はサーカスのインタビューの頃とは少し変わりましたが、元気ですよ。京都弁は相変わらず抜けずに「なにゆ〜てはんの?」とか言ってますね。f^ー^;
モスモス出演後の有名人ぶり?って聞かれたのですが、あんまり私生活では変わりなかったように思えますが、特に芸能人になりたいとも思ってなかったので。でもいろんなところで声はかかりましたね、握手までお願いされたりしました。ちなみに9号後藤の歌謡界で書いたあったサインは直筆です(苦笑い)原口さんに頼まれて親と考えました。(って書いたらすぐに9号取り出して見てる人はモスモス同盟っ子じゃないですからね!!!予習してからメッセージを見るように(笑))
裏話はたくさんありますが、モスモスがなくなった理由とか書いちゃうとまずいので(知ってる人は知っているということで流します。)、アップルパイの歌の話にしますね、あれは多分座談会が終わった後かな?たしか、ライターの藤原夫妻とかとカラオケにいきました。その時に藤原さんがみんなで「WE ARE THE WORLD」のCDを出そうって言われて、CD発売が決定したのですが、モス的にアップルパイの歌になってました。
あと、モスモス出演がきっかけで恋人もできました。その人とはもう別れたんですけどね
(−−;;;;;;;;;;;;;;;
ちなみに芸能人そっくりさんの兄弟出演は弟が先に応募したらしく、じゃあ兄弟で。という裏話もあります。ちなみに弟の近況は京都でカフェの店長をしてます。
あってみたい人は全員にあって見たいです。再会したいですね。やりませんか?マジで。オフっていう形をとってもいいので遊びたいですね。
亡きモスモスにはいろいろ言いたいのですが、あえて一言言わせてもらうなら
「ありがと〜!」
です。
(後生一生さん)



はじめまして。

こんな素敵なサイトがあったんですね。感動。
うちは「ホルン吹きの休日(ホルンはあんまり吹いてないんですがね)」
ていうPNで3回ほど「モスモス」に採用されたことがありました。大西氏のオブジェ、あの方やあの方の近況、もいじーちゃん、
独特の雰囲気のネタ・・・めっちゃなつかしい・・・!
うちも「モスモス」は毎回発行されるんが楽しみで、
お店で照り焼きチキンバーガー、モスチキン、サラダ、モス畑の蒟蒻ジュースを食しながら読んでました。今でも全巻(1〜5は
コピーをお取り寄せ)家に所有してます。
 うちもHPもってます。この機会に「モスモス」ネタ書こうかしら。(kuwaさん)

kuwaさんのサイトはこちら http://www.h4.dion.ne.jp/~kuwaly/index.html



なつかしの場所

大好きだったモスモス、こんなHPがあったなんて。
2005年に、ばったり再会できたような気持ちです。
ちょこちょこモスモスの誌面におじゃましていた赤白黒です。
1度ふんどし風水着で大賞名刺もいただいたなぁ。
2003年過ぎても、あの水着開発されてないですねー^^
ちなみにその後エントリーシートの肩書きに
「男女兼用水着デザイナー」と書いて
就職試験で「このふんどし部分が、こう伸びるんです!」と
力説したことあります。笑
その後めでたく入社しました(!)

掲載されると、かわいい表紙のオブジェのテレホンカードが
もらえるのがうれしかったなぁ。
あのころは高校生でした。
「シゲチャンランド」の存在もココではじめて知りました^^
行ってみたいなァ。
一二三四五六さんとか、お気楽秘書さんとか笑
どうされているんでしょうねぇ。
また、ときどきのぞきに来ますね。

写真と言葉をつむぐ
ふかぶかゆったりブログを、ゆったり更新しております。
気の向くままに、遊びにきてくださいね。
コメントも残していってくださるとうれしいなぁ。

ではでは。 (赤白黒さん)

赤白黒さんのサイトはこちら 旅アトリエ舎 語感の遊び人



メッセージ

 むかしnorだった者です。どちらでもない。当時の自分ですら「中学生らしい穿った見方だな」と思ったペンネームでしたが、結局そのままずるずると26歳。風見鶏的な高校・大学時代を経て今や立派な風見鶏サラリーマンになることができました。特に成功はせず金運も人並み。恋愛観も特に変わりません。コーヒーは好きになりました。
 MVPを取って東京に呼んでもらったときに、空港からスタジオに向かうタクシーの中で見た夜景がとてもきれいだったことをときどき懐かしく思い出します。特別に都会に憧れがあったわけでもない僕も東京在住8年目。MVPを取っても何も起きませんでしたが、今思うと実は大きな変化であったのかも知れません。そういえばその頃から泣かなくなった。のか。
 ジェバのペアシャーベットをすすりつつ読んでいたモスモスはいつも面白くて、特に年が近い南無さんの作品など見ては「この人はどういう思考回路なんやろなあ」とずっと考えていました。ライターの藤原さんとお会いしたときもとても感動していて「ちゃんとした大人になったらどこかで会う機会があるんやろか」と。社員の皆さん、伝言板大賞のお一人お一人にも一度お会いしたいですね。会いたい人だらけ。
 むかし本当にモスモスが一番好きな雑誌だったのですけれど、この文書くために読み返してみたら今でも本当に好きで驚きました。本当にいい雑誌だったんだなあ。涙。愛してます。ええ。
(NORさん)

番外編 

モスモスで活躍された写真家、ヒデカラーこと増田秀夫さんは現在北海道津別町相生で「アエプ」というパン屋をやっておられます。石釜で焼くこだわりたっぷりのパンは地元でも評判で、ブロイラーが訪ねた時には朝10時開店で11時半には既に完売御礼。ブロイラーが食べた中ではかぼちゃのパンが一押しです。
ご自身のことを伺おうとしたら、「俺のことはいいんだよー」と聞いてもいないうちから 双子の娘さんの話をスタート。
店には娘さんが小学校の時に学校の課題で作ったオブジェが飾ってあり、これが小学生の作品とは思えないほど洗練された出来なのですが、「この色使いすごいだろー、俺何にも教えてないんだよー。」と自慢。結局8割方娘さんの話に終始するヘビー級の親バカっぷりを発揮していたいいお父さんでした。

アエプについて詳しくはこちら↓↓
http://www.phoenix-c.or.jp/~tty/tami/okhotsk/okho04-01.html
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